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社会問題研究所

社会現象の考察。政治、経済、科学、文化など。  このサイトはリンクフリーです。

スパイ

スパイ、こんなの自分には関係ないと思っている人もいるかもしれないが、自分の周りにもいるかもしれない。

 まずスパイとは別の例だが、仲良しの人、同じコミュニティーの人、普段会う人、これらの人が自分のことを、有ること無いこと秘密で話したことなどをどこかでしゃべったりするかもしれない。秘密をつい漏らした、自分の情報が広まって欲しくないのに広まる、嫌がらせ、様々な場合がありうるであろう。仲良しの人でもある日突然裏切るかもしれない。

 次にスパイについて。仲良しの人、同じコミュニティーの人、普段会う人、学校、職場など、これらにスパイがいないなんて言いきれるか。外国の組織、国内の組織、犯罪組織、どんな組織の人間がいるか分からない。本気になって色々やってやれとやられるとたまったものではない。個人情報なんて、保護しないといけないとなっている所へ提出しても、どうなるか分からない。(スパイではないが、横領のような犯罪を犯す人は存在しうるし、仕事で得た個人情報を悪用してやれという人だっているかもしれない。)

 名探偵コナン、実はどこどこの組織の人だったとか、見た目は小学生でもそうではなかったとか、ある人は組織に反することをやっているとか、盗聴とか、そういう類の話って創作の中の話だろうと思っているかもしれないが、自分の日常生活の身近なところにもあるかもしれない。
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旅行

旅行といっても、誰かが決めた観光スポットとか名物とか、それだったら、他人の作った世界に飲み込まれることになる。それをいくつ回ったって、回ったところにスタンプを押していくつか回ったら賞をもらったって、他人の世界の中だ。他人のルールの中で動いているにすぎない。

 そうしたら、本当の意味での自分のオリジナルな旅行ってどんなのであろうか。

 誰かが決めた既成のものに沿って観光するのが楽そうである。金を払えばそれは可能だ。

 他人の世界から抜け出して、自分を発揮するというのは結構難しいことかもしれない。

 旅行ということで言えば、ようは楽しめれば良いわけだ。

 観光コースパンフレットとかそんなのにはのっていない何かを見つけたいものだ。

国民

主権は国民にあり、公務員は奉仕者である。従って、問題のない方法で公務員がやっている行政機関に意見を言ったって構わないはずである。

 公立学校で仮に従業員が問題を起こし学生が自殺して苦情の電話を関係ない人が電話をかけたら迷惑という人がいるかもしれないが、問題のない方法で意見を言ったって相手が公務員がやっている行政なんだったら構わないはずである。これを迷惑という人がいるかもしれないが、それでも意見を誰も言わなければ行政のやりたい放題になってしまうのではなかろうか。主権者国民のチェックが必要なのではなかろうか。

 そもそも法律とかそういうものを作るまでのことは、例えば議員を選んだり社会運動をしたり、そういうことは国民ができることになっているはずである。できた法律に関して例えば交通ルールを守ったり、そういうことはしないといけないことであろう。

 しかし、食品添加物の規制にならなくて売っていても、自分は買わないというように、国会や行政がどうやっていても自分が選ぶことができる内容もある。

 主権者として、自分ができることの権利を守っていきたいものである。

言っていることではなく、実際にやったことやっていることを見るべき

口で言うぐらい簡単だ。

 わざと嘘を言う。
 本当のことを言うが、ごくまれな場合を言っている。
 重要なことに限って言わない。

 わざと嘘を言う、これなんかだましているわけである。
 テストでほとんど悪い点でも、一回だけ良い点を取ったら、その部分を言う。これなんか本当のことを言うが、ごくまれな場合を言っている場合である。
 誰が重要なことを言うか。銀行口座の番号、必要ないのに教えたりしないだろう。普通パスワードなんか教えないだろう。

 結局相手が何か言っても実態がどうかよく分からないのかもしれない。それを知ると、相手のイメージが全く違うものになる、そんなことを知らないのかもしれない。すごいように見せるために言っているだけで、実態が違うのかもしれない。実態なんて思い込みで、同じことでも楽観的だったり悲観的だったりで、人によってとらえ方が違うかもしれない。

 何々をすることもできたと言ってみても、実際してないししたらどうなったか分からない。何々をすることもできると言っても、するかしないかでしなければしていないことになる。何々をするつもりとか目指していると言っても、言うぐらいできて、実現するのかそこが問題だ。

 実績とか、実際に今どうなっているとか、将来の見通しでも根拠とか、そういう部分をよく自分で見て自分で評価するべきであろう。

自分が主役の人生を

学校に行くと学校の教員が自分の意見が正しいというルールを押し付けてくるのではなかろうか。それに反発する人、それに適応する人様々だろう。
 社会の出来事に関して、政治的なテーマで大学の教員が発言することがあるかもしれない。それに対して自分は反対、賛成、様々な意見があるであろう。

 さて、大学の教員が政治的なテーマを発言したとしても、大学の教員に限らず評論家でも有名人でも政治家でも、講演会にしろ本にしろインターネット、マスコミ、国会、何にしろ、たとえ自分と同じ方向性を目指して主張していても、追従しているようではいけない。崇拝しているようではいけない。
 自分の考え方がしっかりとあり、そのうえで、似た考えの人とあるテーマで一緒に活動することはあっても、自分がまずあり、少なくとも相手とは対等で決して下ではないということで、一緒に活動するなら活動し、講演会や本などを見るならうのみにするのではなく、こんなことを話している書いている社会現象があると思って一つの意見と思って見ることではなかろうか。国会議員のやってくる集会に行くにしても、こんなのもあるのかと眺めるつもりであったり、そのテーマに関して国会議員を使うつもりでいくことだ。
 もちろん、そんな人はいないと思うが、このブログを崇拝しているようではいけない。他の誰かのブログでも同様に、崇拝しているようではいけない。こんなのもあるのかと眺めたり、情報を得たり、使うつもりでみることだ。

 店を使う時でも店屋のいうことに追従するようではまずいのではなかろうか。自分がある程度内容を分かっていないと相手のいうがままになってしまうかもしれない。すると主体性がなくなる。自分がまずあり、店屋のようなことを言う人もいるのだという一意見として眺めることができるのが良いのではなかろうか。

 では、主体性を持つにはどうすれば良いか。それは、しっかり各内容を勉強し、知識を得て自分の考えを持つことである。その分野を知らなければどうにもならない。その上で、インターネットに、ブログでもなんでも良いから匿名ブログならできるであろう、無料でブログをすることができるサービスもあるであろう、自分の考えを書き、情報発信し、主体性を発揮することだ。

 店屋などを使おうとすると、従業員が嫌がらせとか不当なことをしてくる場合があるかもしれない。
 対策の一つとして、抗議することだ。抗議しないとまたやられるかもしれない。やっても大丈夫ってやってくるかもしれない。本人に抗議するか、他の従業員に抗議するかそこはどうするかだ。どんな展開になるかを予想し、自分が更なる被害を受けないようにすることだ。
 また、利用を停止する買わないというのも一つの手だ。アンケートにも応じない。そんなところは使わない、それも一つの方法だ。使わなくてもアンケートに応じなくても構わないのならそれも一つであろう。義務のないことをしないまでの話である。他に同業他社はあるはずだ。使ってくれない、金が入ってこない、これは相手に取ってとても困る話である。しかし、自分が苦痛を受けないために義務のないことをしないまでの話である。
 さらに、行政機関にもっていくというのも一つの方法だろう。

 自分を主役とした人生、きっちりと自分をもった人生を送ると楽しいのではなかろうか。

(どうしても、学校で成績を取るためとかの理由で教員に合わせておくこともあるかもしれないが。)

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