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社会問題研究所

社会現象の考察。政治、経済、科学、文化など。  このサイトはリンクフリーです。

沖縄産業発展の可能性ー基地産業の代替案ー

沖縄の基地撤去後の産業について考えてみたい。実際どうなるかは分からない。可能性の話である。

 まず、日本の他の田舎と同じように農業をすること、第一次産業をすることは可能であろう。そして、農業以外に何かないのかという話である。観光産業、これはどうであろうか。基地がなくなれば安全なイメージもできるし、ハワイとかと同じように観光にちょうど良い場所になるかもしれない。貿易だって、江戸時代の日本の貿易は長崎に限るなんてやり方は無理でも、沖縄の農産物を売って必要なものを買っての貿易ぐらいできるであろう。このことにより、食料を作れ、外からお金が入ってきて、貿易で売買できる。こうすれば沖縄は素晴らしい場所になるであろう。そして、金融、今からでもできるかもしれないが、インターネットを使った金融を行うことにより、もしかすると、沖縄という場所に応援する気持ちを持ち日本全国から、沖縄に拠点がある沖縄のインターネット金融を使ってやろうという人がでてくるかもしれない。

 実際どうなるかは分からない。しかし、基地がなくなったら基地産業など基地に関連した経済的メリットを失って大変と思っている人は、基地がなくなることに心から賛成できないでいるかもしれないが、基地があるからこそ問題で、基地がなければ新たな可能性が開けるとそう思っている人には基地がなくなることに心から賛成でき、どう自分が思っているかで心から自分が進みたい方向が変わってくる。

 基地に限らず他のことでも、自分がどういう情報を当たり前の前提としてスタートして考えるかで、物事が変わってきたり、気分がすっきりすることがあるであろう。

 基地撤去後どんな沖縄の暮らしにしたいか、それが問題であろう。
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スパイ

スパイ、こんなの自分には関係ないと思っている人もいるかもしれないが、自分の周りにもいるかもしれない。

 まずスパイとは別の例だが、仲良しの人、同じコミュニティーの人、普段会う人、これらの人が自分のことを、有ること無いこと秘密で話したことなどをどこかでしゃべったりするかもしれない。秘密をつい漏らした、自分の情報が広まって欲しくないのに広まる、嫌がらせ、様々な場合がありうるであろう。仲良しの人でもある日突然裏切るかもしれない。

 次にスパイについて。仲良しの人、同じコミュニティーの人、普段会う人、学校、職場など、これらにスパイがいないなんて言いきれるか。外国の組織、国内の組織、犯罪組織、どんな組織の人間がいるか分からない。本気になって色々やってやれとやられるとたまったものではない。個人情報なんて、保護しないといけないとなっている所へ提出しても、どうなるか分からない。(スパイではないが、横領のような犯罪を犯す人は存在しうるし、仕事で得た個人情報を悪用してやれという人だっているかもしれない。)

 名探偵コナン、実はどこどこの組織の人だったとか、見た目は小学生でもそうではなかったとか、ある人は組織に反することをやっているとか、盗聴とか、そういう類の話って創作の中の話だろうと思っているかもしれないが、自分の日常生活の身近なところにもあるかもしれない。

旅行

旅行といっても、誰かが決めた観光スポットとか名物とか、それだったら、他人の作った世界に飲み込まれることになる。それをいくつ回ったって、回ったところにスタンプを押していくつか回ったら賞をもらったって、他人の世界の中だ。他人のルールの中で動いているにすぎない。

 そうしたら、本当の意味での自分のオリジナルな旅行ってどんなのであろうか。

 誰かが決めた既成のものに沿って観光するのが楽そうである。金を払えばそれは可能だ。

 他人の世界から抜け出して、自分を発揮するというのは結構難しいことかもしれない。

 旅行ということで言えば、ようは楽しめれば良いわけだ。

 観光コースパンフレットとかそんなのにはのっていない何かを見つけたいものだ。

国民

主権は国民にあり、公務員は奉仕者である。従って、問題のない方法で公務員がやっている行政機関に意見を言ったって構わないはずである。

 公立学校で仮に従業員が問題を起こし学生が自殺して苦情の電話を関係ない人が電話をかけたら迷惑という人がいるかもしれないが、問題のない方法で意見を言ったって相手が公務員がやっている行政なんだったら構わないはずである。これを迷惑という人がいるかもしれないが、それでも意見を誰も言わなければ行政のやりたい放題になってしまうのではなかろうか。主権者国民のチェックが必要なのではなかろうか。

 そもそも法律とかそういうものを作るまでのことは、例えば議員を選んだり社会運動をしたり、そういうことは国民ができることになっているはずである。できた法律に関して例えば交通ルールを守ったり、そういうことはしないといけないことであろう。

 しかし、食品添加物の規制にならなくて売っていても、自分は買わないというように、国会や行政がどうやっていても自分が選ぶことができる内容もある。

 主権者として、自分ができることの権利を守っていきたいものである。

言っていることではなく、実際にやったことやっていることを見るべき

口で言うぐらい簡単だ。

 わざと嘘を言う。
 本当のことを言うが、ごくまれな場合を言っている。
 重要なことに限って言わない。

 わざと嘘を言う、これなんかだましているわけである。
 テストでほとんど悪い点でも、一回だけ良い点を取ったら、その部分を言う。これなんか本当のことを言うが、ごくまれな場合を言っている場合である。
 誰が重要なことを言うか。銀行口座の番号、必要ないのに教えたりしないだろう。普通パスワードなんか教えないだろう。

 結局相手が何か言っても実態がどうかよく分からないのかもしれない。それを知ると、相手のイメージが全く違うものになる、そんなことを知らないのかもしれない。すごいように見せるために言っているだけで、実態が違うのかもしれない。実態なんて思い込みで、同じことでも楽観的だったり悲観的だったりで、人によってとらえ方が違うかもしれない。

 何々をすることもできたと言ってみても、実際してないししたらどうなったか分からない。何々をすることもできると言っても、するかしないかでしなければしていないことになる。何々をするつもりとか目指していると言っても、言うぐらいできて、実現するのかそこが問題だ。

 実績とか、実際に今どうなっているとか、将来の見通しでも根拠とか、そういう部分をよく自分で見て自分で評価するべきであろう。

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