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社会問題研究所

社会現象の考察。政治、経済、科学、文化など。  このサイトはリンクフリーです。

悪はインターネットに残る

千葉大学の性犯罪事件、刑事処分、民事上の責任、所属団体から処分があるであろうが、それだけでは終わらない。インターネット上に情報が残るかもしれないという問題がある。従って、どこへ行っても集団レイプ犯と認識されうるわけだ。

 千葉大学の性犯罪に限らず、問題を起こした場合、インターネット上に確かに事実である情報が残ってしまう可能性があるのだ。今このような時代に生きているのだ。そのことをしっかりと認識すべきである。

 ところで、千葉大学よりももっと大きな問題、これはぜひ巨悪として認識すべきであろう。制度を作り合法的、あるいは違法であれ、どちらであれ巨悪、例えばイラクを攻撃しイラクがめちゃくちゃになったこと、千葉大学の件はもちろん問題だが、これの方が責任のある人物は問題を起こした人物と非難されるべき話であろう。

 巨悪をしっかりと見るべきである。
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「私は医者だ。」「何くだらんこと言っているのだ。」

無関係の場で医師免許を持っている人で医者だという人がいるのではなかろうか。それは仕事でそれをしている時間がそうだということだろ。例えば、道を歩けば一人の通行人、電車に乗れば一人の乗客、そんなの当たり前だ。しかも、他の人ととりたてて違うということを無関係の場で示すくせに、救急の時に自分がして他の人にメリットをもたらすということすらなく、無関係の場で医師免許を持っているからと言って医者だという人がいるのではなかろうか。もちろん、仮に、医者としての活動をせずに医師免許を持っているだけの場合、医者としてよいのかどうかという議論もあるであろう。

 医師免許を持っている自分のことを偉い人だと思っているのかもしれないが、医者のせいでひどい目にあった人はたくさんいるはずだ。ひどい行為をする人達の仲間ですと言っているようなものだ。医師免許を持っている人には非常識な人がいると言えるのかもしれない。

学校教員や上司などの聞く価値のない話

学校教員とか上司とか面接官とかそういう立場を利用して、自分の優れた話を聞かせようと実際はくだらない内容の話をする人がいるであろう。こんなの聞かされるとたまったものではないが、それを採用すると自分に有害な影響が及ぶ話なんて最悪である。

 いくら立場を利用して偉そうに優れた話をしているのだとそう信じ込んで話していても、実際はそれは間違っていたり、そんな方針で生きていたら害が自分に発生するであろうまたはするかもしれない話をしている人、ただ間違った認識で生きているだけなのか実際に自分に不都合なことが生じるのかはわからないが、その人はどういう生き方をするのであろうか。

 実際世の中では不都合なことが起きたり問題が生じている人がいるであろう。その人がどこかで偉そうにしているかは知らないが、いくら自分は偉いのだってやってみても、実は問題が生じているあるいは将来生じる、崩壊する、そういうことなのかもしれない。

 学校教員とか上司とか面接官とかの有害な話で自分の人生を崩壊させないことだ。偉そうに有害な話をしている本人がどう生きるか、それは分からない。

千葉大学は悪徳業者、解散すべき、という可能性

千葉大学は悪徳業者である。解散すべきである。学校としてふさわしくない。新規学生募集業務を中止するべきである。この大学には税金を投入すべきではない。

 千葉大学医学部の学生や研修医による女性への性犯罪に関して、学生は大学の顧客であり、事業所の顧客が犯罪を起こしたということになる。研修医は大学の従業員である。

 全体がどうなのか完全には分からないため、仮定して書いていく箇所もある。

 仮に被害者が千葉大学の学生である場合(この点は仮にであり実際どうか分かりません)、被害者は千葉大学の顧客である。仮に学校とは関係ないところであっても、従業員が顧客に学校の活動以外の場所で性犯罪を犯したことになる。仮に学校の活動の一貫とされる活動の場合、従業員が顧客に業務中あるいは業務に関連したことで性犯罪を起こしたということになる可能性がある。仮に事業所の従業員が業務中に顧客に性犯罪を犯すことがあれば、その事業所は悪質な業者ということになる可能性があるし、事業所の法的責任が問われる可能性があり、被害者へ金銭補償などを行う必要がでてくる可能性がある。仮に、本件で大学が金銭補償する必要になった場合には、このようなことに税金を使うべきではない。今回の事件は犯罪自体問題だが、性犯罪の中でも大きな件となる問題であろう。仮に、被害者が大学の顧客であった場合、従業員が顧客に大きな件となる性犯罪を行うような大学は学校としてふさわしくなく、解散すべきであり、また、新規学生募集業務を中止するべきである。

 また、大学は料金を受け取り顧客である学生に商品・サービスを提供している。仮に、従業員が逮捕された学生に犯罪を犯すように勧めていたら(この点は仮にであり実際がどうか分かりません)、学校の活動の一貫でもしあったなら、犯罪者になるための商品・サービスを提供した疑いがあることになり、異常な業者・大学ということになる。また、仮に、性犯罪を学生と共同で行い学生が性犯罪を行う推進力を得た場合も(この点は仮にであり実際がどうか分かりません)、学校の活動の一貫でもしあったなら、犯罪者になるための商品・サービスを提供した疑いがあることになり、この場合も異常な業者・大学ということになる。仮に、犯罪者になるための商品・サービスを提供行っていた場合には、学生に不正なサービスを提供したということで、この点が問題になる可能性がある。

 一般論で、従業員が問題を起こした場合、上司に監督責任が生じる可能性がある。今回は、学校の活動に関係している可能性があり、その場合には大いに上司の監督責任が問われる可能性がある。
 今回の件の場合、著者は事業所トップの責任が問われるべきであると考える。

 千葉大学は大学としてふさわしくなく、税金を投入することをやめるべきである。

必要な仕事、いらない仕事

世の中には必要ない仕事がある。例えば大学教員(特に文科系(主張は関係ない)、芸術系、体育系)。頼みもしないのにやってくる営業(訪問とか電話とか)。有害な結果になった医療。色々と必要がない仕事ってあるであろう。

 必要な仕事もあるであろう。介護なんか必要な仕事であろう。なぜ避ける人がいるのか、それは収入が少ないからというのが理由の一つにあるのではなかろうか。

 本当に必要な仕事であっても避けられてしまう、一方で不要な仕事がある。不要どころかない方が良い場合があるだろう。

 なんで必要な仕事を避けるのかというと、それは収入が少ないとか、そういうのは社会構造がそうなっていて、行政の政策次第で収入なんて多くしたりできうるわけである。

 無農薬野菜だって、そこへ補助金をだすとかそういうことをしていけば、日本は食料を捨てているのだから、無農薬野菜の割合だって増やすことができるだろう。

 どういう社会にしていきたいのかということではなかろうか。

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