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社会問題研究所

社会現象の考察。政治、経済、科学、文化など。  このサイトはリンクフリーです。

お金ー支配ー

お金は交換の手段である。色々なものを交換する時に、お金を介して行う。

 しかし、力になったりもする。金があれば、それで何かをでき、力になる。また、金がなければ困るという恐怖のもとになったり、持っていても失わないかという恐怖のもとになる。

 さて、今の時代、金がなくて困っている人もいるであろう。一部のところに多くの富が集まっている。では、多数の99パーセントの人はどうすればよいか。
 なるべく小さな店を使うことだ。そうすれば、なるべく個人に近い単位でお金が動く。使われている店が社会で必要とされている店である。個人に近い単位でお金が動き、求められるものも個人に近い単位にする。こうすれば、個人が力をつけることができるであろう。

 個人が力をつければ、一部の者の意見で社会が動くのではなく、多数の意見によって社会が動くようになるであろう。
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政治と金

政治と金(カネ)の問題が話題となり、議員辞職する場合、逮捕される場合、様々な場合があるであろう。しかし、この問題、内容によっては大きな問題から小さな内容、金額も様々な場合があるであろう。そして、発覚している場合、しない場合があるのではなかろうか。発覚しても、マスコミによって大きくとりあげられる場合と、比較的話題とりあげられない場合があるのではなかろうか。

 政治と金の問題、これって政治のテーマとなっていることをどうするかという時の、そのテーマを進めるにしろ邪魔するにしろ、そのための材料になったり、選挙で相手を攻撃する材料になったりしうるのではなかろうか。気にいらない政治家を攻撃する材料になったりしうるのではなかろうか。味方の政治家については問題があっても触れず、気にいらない政治家のことは小さなことでも問題にする、そういうことが起こりうるのではなかろうか。

 政治と金の問題には、そのような面がありうるのではなかろうか。

高校生が政治活動を学校に届け出る必要があるのはおかしい

高校生が政治活動を学校に届け出る必要があるなんてことはおかしい。学校に金を払って行っている客がなんで政治活動を学校に届け出る必要があるのか分からない。政治活動は学校には関係のない話である。

 どんな習い事をしようが学校外の話だ。スーパーでの買い物はスーパーとの問題だ。学校との問題は基本的に学校内容のみであるべきである。

 学校は金を受け取っているのだから、債務である自分たちのサービスを教員免許を持っている人が行うなどという形式的な話でなく、価値ある商品として提供すべきである。学校外の政治活動を届け出させるなどというふざけた話はおかしい。

 高校生は60歳の人がなってもよいはずである。選挙権を持つ人に、政治活動を届け出ろなんていうのがおかしな話である。選挙権を持つ人に、上から目線で政治活動を届け出ろというのがおかしいし、もし政治活動に指導なんてことをしたらなんでお前の指導なんて聞かないといけないんだこっちの勝手だろうと思う方が普通だろう。政治活動を届け出ろと言っている時点で敵でしかない。

 高校生は法律や、社会制度、権利など、しっかりと勉強し、もし何か不当な高校による弾圧がある場合には対抗すべきであるが、成績などによる嫌がらせを受けるかもしれない。不当な退学処分にしてくるかもしれない。

 権利は獲得、保持する努力がなくして存在しないのかもしれない。

世論ー社会は変わるー

世論といっても、実際問題テレビ、ラジオ、新聞のマスコミではなかっただろうか。個人が何か思っていても、小さな勉強会を開いても、デモをおこなっても、テレビ、ラジオ、新聞のマスコミが報道しなければインターネットがでてくるまでは話が広がりにくかったとか、世論イコールマスコミの報道のような部分があったのではなかろうか。

 それは、今でもそういう部分はあるかもしれない。しかし、今ではインターネットのおかげで、個人が情報を発信できるようになり、各個人から社会に影響を与える情報が発信され、行動が起こり、世論を生み出す可能性がでてきた。各個人が発信した内容を元に社会が動きうるわけである。小さな勉強会でも、その情報を文字でも動画でもインターネットで発信すると、その勉強会の内容をそこにいなくても学習できる。

 インターネットので無名の人が情報を発信すると、そこから社会的に大きな動きが起こりうるわけである。小さな規模の動きであっても動きが起こる可能性があるわけである。

学校の教員はたいしたことを言ってはいない

多くの人が子供の時、学校の教員と接するであろう。では、学校の教員はすごい人か、そんなことはない。

 小学校、中学校、高校なら、教える内容なんか決まっているし、それは習い事でも習うことができるであろう。大学だって、似たようなことを仕事などでやっている人もいるであろう。学校の教員の一意見なんて、一意見にすぎず、インターネットや本などには、様々な意見がのっていたりするであろう。

 学校の教員がすごい存在だと思っている時点で接するときに心理的に不利な状況にある。金を払って行っている学校なら学校と契約している客であり、利用価値があるかどうかで評価すればよく、利用価値はないが卒業証書発行所として扱うのも一つの選択肢であろう。公立の小中学校を使っている人は行政サービスを受けていて、価値があるサービスかという点から評価すればよいであろう。

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