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社会問題研究所

社会現象の考察。政治、経済、科学、文化など。  このサイトはリンクフリーです。

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大学生は支出を節約すべきでは

大学生で奨学金という名前の実質的な借金をしている人は節約をするべきではなかろうか。借金をしているとそれを返さなければという思いが時々わいてくるのではなかろうか。そんなことよりも借金がない方が精神的に楽ではなかろうか。

 借金をしても返済するのは自分ということになるであろう。従って、自分が借金をしようがしまいが相手は自分が金を払ってくれれば自分の借金のことなんてどうでも構わないわけである。

 既に奨学金という実質的な借金をしている人でも金額を減らすことができないか考えてみてはどうであろうか。

 大学生の支出に考えられることが例えば店での食事代があるであろうが、店で食事をする必要があるか見直すのも一つであろう。そもそも、下宿する場合、あまりに苦痛に感じない程度に安い所を借りるのも一つであろう。部活動とかサークル活動、これだって、有意義にやっていてやりたいものをやめるのがよいかという考えもあるであろうが、少なくとも絶対にしないといけないなんていう先入観は持たない方がよいであろう。中卒とか高卒で働いている人や小学生でも子供タレントのような仕事をしている人はいて、大学で部活動とかサークル活動をしないと人格が劣っているとか成長していない人などということにはならないであろう。アルバイトを嫌な労働条件の場所でもなんでも無理にする必要はないものの、それをしていればお金は入ってくる。

 大学生活がしばらくたって、借金という後悔を残さないようにすべきであろう。
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政治家の実力

政治家は実力があるのだろうか。

 例えば親が政治家で世襲の場合本人の実力でなったのかどうかという疑問はあり得るであろう。しかし、親が政治家だとか金を持っているだとか、それだって実力の内だという意見もあるかもしれない。
 タレントとかスポーツ選手とか料理評論家とか政治にあまり関係がなさそうな場合、有名であるということで票が入ったのではないかという意見もあるかもしれない。
 しかし、どうであれ選挙で選ばれたわけである。

 政治家をするのに能力は必要だろうか、別になくてもできるのではないかと思われる。例えば、国会をそれなりの期間休んでいる議員がいても世の中は動いている。官僚がいて物事は動くだろうし、特に政治家が頑張らなくても物事は動くのではないかと思われる。
 もちろん、選挙をやらずに官僚が全てを動かすのが良いかという問題はあるであろうが。

若者の意見は社会に反映されるか

若者の意見は社会に反映されるか、これは世代間の問題でもある。

 例えば、選挙権がない人の意見は票にはならない。将来選挙権を獲得するであろうということがあったとしても、現在選挙権がなければ票にはならない。

 政治家のおこなうことには、おそらく自分自身の年齢とか、どの年代の人が自分に投票しているかや将来投票してくれる可能性があるかが関係してくるのではなかろうか。選挙で立候補できる年齢は制限がある。

 仕事でももちろんいきなり経営者になってうまくいくかという考察がいるかもしれないが、年齢が上の人が上の役職につく傾向があるであろう。

 学生として学校に行っても年が上の人が組織を動かしている傾向があるのではなかろうか。

 自分の意思を反映させたければ少なくとも選挙や最高裁判所裁判官の国民審査には行くべきではなかろうか。

中立な報道があるか

完全に中立な報道なんてものがあるのだろうか。ないと思う。

 例えば、どこかの環境問題をとりあげただけで、そのことについて意識を向けさせるという役割があるし、汚染が問題であるという論でも問題のあるレベルではないという論でも、その意見を示すことによりなんらかの方向の考えを示したことになる。

 新聞であれテレビであれ、仮に沖縄の基地問題に関して各政党に同じ分量だけ紙面なり時間を割り振ってその政党が作ったものをそっくりそのまま発表しても、ページのどこにのせるとかどの順序で発表するとかあるいは複数の日に各政党を分ける場合どの日にどの政党に割り振るかで、完全な平等なんて難しい。ページのどこにのるかや順序や日で受け取る側にインパクトがかわるかもしれない。

 報道は完全に中立にはなっておらず、なんらかの方向に有利な点があると考えて構わないのではなかろうか。

フランスのテロ

フランスでテロ事件が起きた。テロを起こすのは大いに問題である。しかし、これを武力によって阻止することは難しいのではないか。

 例えば、通り魔について考えてみよう。ある人が通り魔として誰かに危害を加えようと思えばどんなに警備したって事件が起きてしまうのではなかろうか。通り魔を防ぐためにどんなに警備したって誰かがどこかでやってやると思っていれば、防ぐのは難しいのではなかろうか。

 それと同じようなもので、自爆覚悟で誰かがどこかでテロをやってやると思っているのを防ぐのは、ときには発生する前に止めることができたとしても、完全に防ぐのは難しいのではなかろうか。

 死ぬのを覚悟でテロを起こす人にはその原因が何かあるのではなかろうか。テロを起こそうとする原因を解決していかないと、テロをなくしていくのは難しいのではなかろうか。

意見

自分が評価すれば、評価した対象の社会での影響力・価値が上がる。どう評価するかは基本的に自分次第。 個人の力が弱いのは、経済的基盤が原因の一つ。良い店や、小さな店で買い、そこへお金が流れるようにすれば、社会が良くなったり、個人の経済的基盤が強くなって各個人の力が強くなるであろう。

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