忍者ブログ

社会問題研究所

社会現象の考察。政治、経済、科学、文化など。  このサイトはリンクフリーです。

この社会、あなたの思っているようなものではないのかも

実際どうか、分からないこともあるだろう。

 例えば北朝鮮をとりあげたい。トップに影武者がいるという意見があるだろう。本当にいるのか?いるとしたら何人いるのか?金正恩って生きているの?、仮に生きているとしても病気とかはどうか?、金正恩が影武者を操っているのか、金正恩には力がなく別の人が影武者を操っているのか?、内部で争いが起きていて、それぞれのチームが影武者を出しているということはないのか?
さて、実際のところどうなっているのだろうか。

 さらに言うなら、外交官や政治家やマスコミなど、北朝鮮が実際どうなっているのか知っている人がいるのか。どの程度知っているのか。

 こういう風に物事を見ていくと、マスコミとか学校とかで聞く話って本当なのかあえて違うことを言っているのか、本当のところ、どうなっているのだろうか。
PR

社会で役立つ人とは

社会で役立つ人、これは仕事をしている人で一言ですますことはできないだろう。なぜなら、何をもって役立っているとするのかという問題があるからである。

 この仕事、実際問題利用者に役立っているのと思うような場合もあるのではなかろうか。それでも、組織の金儲けには役立っているのかもしれない。こういう場合は何に対して役立つのかというのが問題になるであろう。

 では、戦闘の武器を作る人、これは役立っているのだろうか。本当に人類のために役立っているのだろうか。戦争を行う軍隊の人、これだって人類に役立つと言えるのだろうか。こういう問題があるであろう。

 社会に役立つと言っても、どういう意味で役立つのかという問題があるであろう。社会的に役立つとか、社会的に優れた人とか言っても、一体どういう基準・価値観に基づいて言っているのかという問題があるであろう。

 自分以外によって作られた基準・価値観に何も考えずに従うと、自分自身がその基準・価値観に奴隷化してしまうのではなかろうか。

日本と北朝鮮関係

日本と北朝鮮の関係をどうしていくかという問題があるであろう。今の北朝鮮は危険と言えるだろう。実際問題、日本や韓国が素晴らしい国かどうかはおいておいても、日本と北朝鮮なら日本に住みたいし、韓国と北朝鮮なら韓国に住みたいと思う人が多いのではなかろうか。

 戦時中に日本が朝鮮半島で行ったと言われている問題行為、その内容があったかなかったかということも議論されることがあるであろうが、仮に問題行為があったということで謝罪や金銭を渡すにしても、今の北朝鮮政府に渡すのはまずいであろう。仮に被害があって被害を受けた人に直接謝罪するとか金銭を渡すのならまだしも、今の北朝鮮政府は自国民を弾圧していてひどい政府と言えるであろう。仮に今の北朝鮮政府に金銭を渡しても人々に行き渡るとは限らず、仮に謝罪したとしても外交戦略に使われるだけかもしれず、自国民のためを思っている政権ではないから仮に問題行為があっても被害者への謝罪にはならない。

 これは戦争とは全く別のことで、仮に北朝鮮の貧しい人のために支援といっても、その支援金を北朝鮮政府に渡しても本当に支援したい人に行き届くかという問題があることも同時に考えてみると良いであろう。

 あるないは別として、仮にアメリカ合衆国が原爆を落としたことの謝罪でも見舞いでも日本政府に金銭を渡しても、仮にそれが無関係の工事に使われて被害者に渡らなければ意味がないのと似ているであろう。(これはあくまでも仮にの話です。)

 仮に問題があるのなら、本当に向き合うべき相手が誰かということである。

 東アジアが良い方向に向かうことを願う。

悪はインターネットに残る

千葉大学の性犯罪事件、刑事処分、民事上の責任、所属団体から処分があるであろうが、それだけでは終わらない。インターネット上に情報が残るかもしれないという問題がある。従って、どこへ行っても集団レイプ犯と認識されうるわけだ。

 千葉大学の性犯罪に限らず、問題を起こした場合、インターネット上に確かに事実である情報が残ってしまう可能性があるのだ。今このような時代に生きているのだ。そのことをしっかりと認識すべきである。

 ところで、千葉大学よりももっと大きな問題、これはぜひ巨悪として認識すべきであろう。制度を作り合法的、あるいは違法であれ、どちらであれ巨悪、例えばイラクを攻撃しイラクがめちゃくちゃになったこと、千葉大学の件はもちろん問題だが、これの方が責任のある人物は問題を起こした人物と非難されるべき話であろう。

 巨悪をしっかりと見るべきである。

学校教員や上司などの聞く価値のない話

学校教員とか上司とか面接官とかそういう立場を利用して、自分の優れた話を聞かせようと実際はくだらない内容の話をする人がいるであろう。こんなの聞かされるとたまったものではないが、それを採用すると自分に有害な影響が及ぶ話なんて最悪である。

 いくら立場を利用して偉そうに優れた話をしているのだとそう信じ込んで話していても、実際はそれは間違っていたり、そんな方針で生きていたら害が自分に発生するであろうまたはするかもしれない話をしている人、ただ間違った認識で生きているだけなのか実際に自分に不都合なことが生じるのかはわからないが、その人はどういう生き方をするのであろうか。

 実際世の中では不都合なことが起きたり問題が生じている人がいるであろう。その人がどこかで偉そうにしているかは知らないが、いくら自分は偉いのだってやってみても、実は問題が生じているあるいは将来生じる、崩壊する、そういうことなのかもしれない。

 学校教員とか上司とか面接官とかの有害な話で自分の人生を崩壊させないことだ。偉そうに有害な話をしている本人がどう生きるか、それは分からない。

フリーエリア

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


人気ブログランキング

ブログ内検索

このエントリーをはてなブックマークに追加