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社会問題研究所

社会現象の考察。政治、経済、科学、文化など。  このサイトはリンクフリーです。

自分で見て、自分で考える

鳥取大学2012年度の英語の入試問題に、こんな内容が書かれている。「モナ・リザ」の絵は現在では名声があるが、その絵はどういう経過を経て現在に至ったのであろうかということである。何世紀も今程の評価はなかったようである。泥棒がきっかけとなって評価が高くなったようである。フランスにあったのをイタリアへ持っていこうということで、泥棒をした人がいたようである。これが「モナ・リザ」の評判が高くなるのにつながったようである。

 さて、私は「モナ・リザ」の評判を下げるためにこの話を紹介したわけではない。芸術は自分の目で見て、自分の耳で聞いて、自分で考えることが大切ではないかということを指摘するためである。評論家の評価はその評論家の評価である。賞といってもそれはその賞を選んだ人の評価である。世間に流布する評価はあくまでも世間の評価である。自分の感性を大切にすべきである。他人の作った評価に何も考えずに従うだけだと、他人の世界、価値観、感性に服従しているだけである。

 今回は芸術について述べたが、自分で吟味するということは、他のことでも重要なのではなかろうか。例えば社会や政治のこと、選挙での投票はどうするか。選挙の投票で世の中は変わり得る。自分でよく考えることが重要である。
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自分の一票

選挙で自分の一票を投じることは大切である。どうせ投票しても無駄ではなく、自分の意見を投票に示すべきである。選挙で自分の意思を表示できる。これを放棄してはもったいない。最高裁判所裁判官の国民審査にしても、自分の意思を表示できるチャンスである。バツ印をつければやめさせたいという意思を表示できる。全員良いのであればそれで構わないが、やめさせたければバツ印をつければよいわけである。人にバツ印をつけるなんてやめておいた方がよいと思う人がいるかもしれないが、やめさせたければバツ印をつける制度なのであるから、やめさせたければバツ印をつければよいだけである。株主総会の投票にしても自分の意思を表示できる機会である。アンケートを求められた場合だって自分の意思を示す機会である。

 人に悪い評価をつけたりバツ印をつけるのは気が引けるなんてことを感じなくとも構わない。自分の意思を示さなければ選挙や最高裁判所裁判官の国民審査や株主総会の投票やアンケートをしている意味がない。人に悪い評価をつけたりバツ印をつけることに対して否定的なことをいう人の意見に構わず自分の意思を表示しないと、自分の意思が伝わらない。自分の意思がカウントされずにで世の中が動く可能性がある。

 自分の意思をしっかりと示すとよいであろう。自分の意思を示さないと損するかもしれない。

未熟な経営者ー野依良治ー

理化学研究所のトップであった野依良治がトップから去った。この野依という人物、問題経営者であるようだ。STAP細胞問題に関してどうも嫌な展開になってきたなという時、組織の代表なら自分に最大の責任があるということぐらい普通たやすく理解するものであり、その結果として自殺者なんかださないように運営すべきものである。しかし、笹井芳樹は自殺した。まさに、最悪の出来事である。

 野依良治は未熟な経営者である。未熟な経営者であるがゆえに、死者がでるような運営をしたわけである。組織の問題はトップの責任である。
STAP細胞問題で起きたことは、まさに未熟な経営者がひきおこした問題である


 野依は自分がでるべき場所が分かっていない。野依が不適格な場所にでていくから悪いわけである。野依は組織のリーダーや経営層や政策決定に関わる場所などのようなところには二度とでていかないのがよいこんな人物がトップあるいはそれに近い場所で動かれると、社会にとってよくない

日本年金機構のトップは辞任すべき

日本年金機構から基礎年金番号、氏名、生年月日、住所の情報が流出した。これは大変問題である。もちろん、こういうことをする人が悪いのであるが、こういうことが起こりうるのだから、日本年金機構は情報が流出しないようしておかなければならない。年金は任意ではなく加入しなければならないものになっている。強制加入、給与から源泉徴収、もちろん年金制度は必要で守らなければならないが、強制的に金をとっておいてさらに情報流出とはメチャクチャな話である。

 情報が流出した人の基礎年金番号を変更するとのことであるが、まさかとは思うが、これって基礎年金番号をかえて誰のものか分からなくして、年金支給額を減らすためにわざとやった自作自演行為ではと疑いたくなる。

 日本年金機構のトップは当然辞任すべきである。また、このことにより対応の費用が発生するのだから、日本年金機構のトップは辞任して退職金がもしあるなら返上すべきである。

テクニック

世の中にテクニックがある。例えば、何かを説明する時、「何々について三つのポイントを説明します。」と言ってから説明すると分かりやすいと言うような話である。

 確かに、このテクニックを知らなかったとしたら、損をすることがあるかもしれない。そのことで不利になる可能性もある。しかし、このテクニックを知っていればそれで全て解決かと言えばそうではなく、説明に興味を持ってもらうためには、もっと他にも多くの要素があるのではなかろうか

 テクニックと言えば、簡単に見えるかもしれない。しかし、簡単なことはすぐに知ってしまえばそれでたやすいものということになるのではなかろうか。やはり、決定打となってくるのは、自分の試行錯誤や努力ではなかろうか

 それぞれのテクニックについてこの説明があてはまるかどうか、それこそまさに、試行錯誤や努力や自分で考えることによって答えを見つけるべきものであろう。答えは読者の皆様におまかせします。

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